田端北口クリニック

Monologue
院長のひとり言

遺影と位牌は押し入れに!!

「 喪の仕事 」とケヅカ・マジック

1979年に「 喪の仕事 」という小論文が小此木啓吾先生から上梓された。
精神分析学会では、当時かなり注目され、うつ病の治療には、喪の仕事が必要不可欠という風潮が蔓延していた。
大切な恋人や親兄弟、関係の深かった友人や同僚との突然の別れで、長年うつ状態に陥ることはよくあることである。
小此木氏は、心の対象喪失に対して、逃げずに直視続け、その努力はやがて対象の復活につながるという主張を本の中で語り続けた。
しかし、“言いはやすし、実行は難し” 精神分析の最大の弱点である。
以前から喪の仕事の有効性に疑問を持っていたので、研究会の席で、小此木先生に直接質問してみた。
「うつ病の患者さんに、喪の仕事ができるように治療すると、かえって悪くなります。”喪の仕事”はなかなか難しいですね」
しかし明確な返答はなく、不快な表情をされたので、それ以上の議論の進展はなかった。
「 喪の仕事 」で、もう一つ同じような事象があった。
阪神淡路大震災で、家族も家も失って、嘆き悲しんでる被災民に対し、どんな心の支援が必要かと、新聞記者が地元の高名な女性精神分析家に質問していた。
何んと彼女は”残された家族は、喪失したご家族の冥福を祈って、祈りを捧げ、逃げずに、喪の仕事を続けさせるべきだと主張しました。
それに対して、多くの市民から、“いま現実に支えきれない程の苦しみに喘いでる人たちに”逃げているなんて決めつけるのは非常識極まりない、と非難の大合唱を受けました。祈りの必要性だけを強調するのでなく、みんなで助け合って励ましあうことの大切さに強く言及しても良かったのでないか?
小此木啓吾先生も、高名な女性分析家からも、その後反省の弁は、知る限りはない。
何を反省するのかも分からないのかも知れない。
大変残念であるが、世の精神分析家と言われる人の中には、“精神分析は絶対だという誤った病的な思い込み”に陥っている人が非常に多い。井の中の蛙になってしまい、社会人としての正常な感覚を失ってしまっているのだろう。

 

症例紹介  遺影と位牌は押入れに!!

娘の死後10年も経過しているのに、うつ病が良くならず、死にたい想いに苦しんでいる患者さんがいた。
前医までの治療では、亡くなった家族の冥福を祈って、祈りを捧げ、逃げずに、喪の仕事を進めるように努力していた。
しかし喪の仕事をすればするほど、病的罪悪感が刺激され、自分を責め続け、あえいでいた。
娘さんとの間に病的共生関係があり、簡単に喪のしごとができない状態だったのである。
最初の面接で、亡くなった娘さんの写真や衣類やアルバムを、すべて押し入れの奥深くに隠して見えなくなるように提案した。
患者さんは罰や祟りが生じることを恐れて、最初はすごく嫌がった、しかしうつ病を治すには必要だと粘り強く説得した。

その結果、10年も解決しなかったうつ病が、僅か3ヶ月で消失した。
めんどくさい精神分析理論から解放された結果、得られた貴重な成果である。
このように小生の治療は、わかりやすく、極めて合理的な“治療理論”から出来上がっている。
(治療構造と治療理念を参照してください)

従って、小難しく、胡散臭い理論で患者さんの心を混乱に陥し入れることはない。
愛するものを失った悲しみに耐えられるように、失った衝撃を少しずつ和らげ、患者さんの自我の強さに応じて、乗り越えられるように、配慮され、構造化されている。
したがって、上手く作用した場合、魔法のように鮮やかに映るのであろう。

ケヅカマジックとは、言い得て妙 である。