院長のひとり言

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土居先生のスーパービジョン

今回は甘えの構造(1971  昭和46年)で有名な、土居健郎先生の超レアなスーパービジョンの紹介である。
このスーパービジョンは、土居先生の教授室で計3回行われた。当時 土居先生は56歳、患者さんは51歳(入院中)小生は29歳であった。
患者さんの秘密を守るために、患者さんの特定に繋がらないように日時や場所は殆んど割愛させて頂いた。そのためス-パ-ビジョンにおける土居先生と小生とのやり取りが中心になっていることをご了解頂きたい。
なお、「・・・・・」は土居先生の発言 ”・・・・・”は患者さんの発言 (・・・・・)は小生の発言とさせていただいた。
患者さん病歴の紹介。姑の看病や家業の切り盛りや子供の養育などの心労らが重なった為か41歳で嘔吐発作を発症した。症状は200mmHg以上の血圧上昇を伴う激しい嘔吐発作(胆汁まで吐く)で、2週間から1か月続き、体重が28㎏を切るほど程であった。なお実母も姑も、患者とよく似た胆汁まで吐く激しい発作が認められた。
入院治療は10数回以上にのぼり、病院を転々として各種の精密検査が行われたが目立った異常所見は認めず、某医の紹介で東大分院心療内科に入院となった。入院後の精密検査では、内分泌系には異常はなく、24時間脳波でわずかながら脳波異常が認めたことと、フェノバール(抗てんかん薬)が有効だった事により“間脳性てんかん”と診断した。入院中は発作はなかったが、退院4ヶ月頃再び激しい嘔吐発作が出現し2回目の入院となった。
2回目の入院では、尊敬し深く愛する父親から“お前に商売人の妻が務まるはずがない”と大反対された。しかし夫は駆け落ち同然の形で半ば強引に結婚を強行した。父には、“なんと”恥ずかしいことをしてくれた“と怒鳴られ許してもらえなかった。父や夫への両価性感情が表出されたが、嘔吐が精神的な葛藤に由来するという心身相関の指摘には、患者は頑強に否定し続けた。
3回目の入院では、“結婚は失敗だったと思うが、主人に申し訳なくて、そうは思いたくない”と語り、自己洞察は徐々に深まってきていた。
小生の上司である石川中助教授から、分析的治療が深まってきているので、土居先生のス-パ-ビジョンを受けるように指導があった。

1回目のスーパービジョンの要約
「結婚が失敗だったこと、商売が嫌いだったことを認めさせてどうするのか?
彼女にとって、これまでの人生が失敗だと思うことになり自殺に追い込んでしまうのでないか?
だいいち、それを認めさせても病気は良くならない!かえって、悪くなるだけだ!
これまでの人生は失敗だったが、そうは思いたくないと言ってるのは、彼女の健康な部分であろう、
思いたくないのをつついて、思いなさいと言わしてどうなるのか?
商売が嫌いだとか、結婚が失敗だとか、父が認めてないことより、もっと他に彼女が吐くに至った原因がある。
姑が倒れて、自分が姑の代わりをしなければならなくなった時、どのように彼女が実際にやるべきことが増えたのかdetail(丁寧)に聞かなければならない。その時何か嫌なことがあって、吐くことに繋がったのであろう、心身症(PSD)は非常に複雑な機構をもっているものだ。
君は”以前は商売に向いていない、と思っていたが、今は商売は嫌いだという発言をどう理解するのか?
それは、発病当時は好きだとか嫌いだとか考えずに働いていたのであろう!ところが今は嫌いだと言えるようになったことを、どう理解するのか?
商売は嫌いだけど、それでは皆に申し訳ない気持ちなのでないか? 
まだ超自我が働いているのだろう! 治療はこの超自我を消してやらなければならない! それには、どうするのか?
まず、商売は嫌いで申し訳ない気持ちを出させて、その後”申し訳ないと思っているが、今ではもう誰も貴方に商売をやって欲しいなどとは期待していないよ!”
と言ってやれば、超自我から自由になれるのでないか? 
貴方が望んでいる隠居もいいだろう! これからは貴方の好きなことをやればいいんじゃないかな”と、付け加えることができるのでないか?
申し訳ないと言わせている超自我から、”嫌い”と言っている我がままな部分を自由にさせてやるようにしなければならない。」

2回目のスーパービジョンの要約
「後ろ髪を引かれる”というのは、女性が男性に魅かれる意味であって、全然なってない。後ろ髪で何を期待しているのか?
(申し訳ないと言う気持ちを引き出したいという・・・・・)
「誘惑しているのか?」
(そういうことになりますね・・・)
「君は分析というものがわかっていない 分析とは白状させるのでなく、無意識のものを解釈して意識化させることなのだ。
問題は患者のうちに内在してもやもやしてるものなのだ これを、君はわかってないんじゃないか?」
(わかっているつもりだが、うまく患者に申し訳ないことに持っていけない)
「どうやったのだ?」
(最近商売が嫌だとわかったようだが、当時はどうだったの?に対して、無我夢中でしたと答え、それ以上何も言わなかった。)
「それしか言わないだろう、それから・・・」
(子供も小さかったし・・・そんなこと考えていられなかったのね に対して”ええ”と言ってうなずいている)
「そこだ 君はそこで支えているが、そうするべきでなかった。こう言うべきなんだ。
以前は商売は不向きだと思っていたが、いまは嫌いだと思えるようになった。以前は好きとか嫌いとか思いたくなかったんじゃないの?
つまり”解釈”をするんだこれに対し、このようなケースでは”必ず、そんな風に考えたことなかった。そういえばそうかもしれない”というだろう」
「君はまだ本当に患者を理解していない。だから(なにが強く覚悟させたのか?)とか(嫌いだというのを無意識の中に追いやってしまっていたんですね?)とか言って、患者を責めている。責めてどうするんだね。責めてもしょうがない。どんどん悪くなるばかりだよ。
だからあなたは確かに世間体は非常に立派にやってきた。しかし自分の心に手を当てて考えてみると、なんとなく引っかかるものがあるんじゃないかな?
貴方は父の反対を押し切って結婚したので、商売人になろうと覚悟しなきゃならなかった。覚悟しなければ、結婚に踏みきれなかったんですね!と言ってやれば、彼女は助けられたと思うだろう。
この患者は、つまりmasked depression (仮面うつ病) なのだ!自分を許したくても許せないでいるのだ!
父の反対を押し切って結婚したので、商売人になろうと覚悟を決めないと結婚に踏み切れなかった。そして高いプライドを持って世間的には立派にやってきた。
しかし、そういう高いプライドではやって行けなくなったので、PSDとして発病した。しかし、患者は病気になったからやって行けなくなったんだと考えて、自分を救おうとしているんだ!。だからプライドが高すぎたのでやって行けなくなったのでないか?といえば、この人はますます自信がなくなり自殺にまで追い込まれるだろう。
もちろん夫との関係もいいし、子供との関係もいいので、そこまで追い込まれないだろうけれども、だからプライドが高すぎたので病気にならないとやって行けなくなった。だから商売が嫌いだという自分を大切にしなさいと言っても救われない。
だから貴方は確かにこれまで嫁ぎ先の嫁として立派にやって来た と言って高いプライドを支えてやり、その後しかし病気になったのでそうやって行けなくなった。そして最近になって商売が嫌いだということがわかってきた。しかしまだ貴方は心のどこかで自分が商売が嫌いなことを許してないのでないか? と言えば彼女はプライドを傷つけられずに商売が嫌いだということを認められると思う。
君は何度言ってもわからない!許そうとしていない!それは君の中の問題でないか?」

スーパービジョン後の面接
”先生! 気持ちの整理がつかない” 
(どうつかない?)
”・・・・・・・ 先生、私、病気に負けているのかしら”
(そうではないでしょう)
(貴方は病気に勝ちたいと思っているが、病気の方が強いから苦しんでいるのであって、教授が言うように、病気に逃げ込んでいるのでないと思うよ)
内科教授から院長回診で病気に逃げていると指摘されたことを気にしていた。
”あんな風に言われると悲しい まだ家に帰りたくないのと言われると悲しい”
(貴方は父を裏切らないために商売人になろうと決意し立派に十数年間やってきた。そして病気になってそれが出来なくなってしまったが、それまで懸命に立派にやった財産で子供たちも立派に育ち、夫も成功して偉くなり商売も大きくなった。あなたはA家の嫁として対外的に立派にやったんだ! そうでしょう?)
“はい”
(そして、それを、夫も子供も近所の人たちも認めているんだ。先生の目から見ても、貴方の人生は満足すべきものだったと思うんだが、貴方は自分の心に手を当てて考えてみると、何かどうも、引っ掛かるものがあるんじゃないか?)
”・・・・・・・わかりません 何なんでしょうか?”
(何か引っかかるもの、なにかまだ満足できないもの、自分を許せないものがあるんじゃないか?)
“・・・・・・・わからない。どうしてもわからない・・・・なんなんでしょうか?先生、教えて下さい”(嘆願するように)
(貴方は父の顔に泥を塗らなかったし、夫にも恥をかかせなかった。姑の看病もちゃんとやれた。医者もちゃんとやったと誉めてくれた。子供たちも立派に育った。なにも不満な物はないのに、なんか心にひっかかる…あなたは立派にやってきた。A家のために頑張った。ただ病気になってしまったのでそれが出来なくなった。あなたは病気になってしまったのを許せないんじゃないか?)
・・・・・ググ・・・・ググ・・・・ググ・・・詰まりながら激しく泣き出す。
” 許せない   病気のなったのが許せない  病気に負けたのが許せない  ”
 最近になって、自分は弱い人ではないか?以前は強くなろう、強くなろうとしてきたように思えて来たんです。”
(貴方は父を裏切らないため、夫に恥をかかせないため、当時は弱くなっていられなかった。強くなければ渡って行けなかった。)
”ええ(グン)    ”
(それで良かったんだよ)
”・・・(グン)     ”
(立派に貴方はやったんだよ )
・”・・(グン)      ”
(でももう子供も大きくなったし、夫との関係もいいんだから、もう貴方は自分を許してやりなさい)
”・・・(グン)     ”
(病気になったのは許せないなんて言って、自分を責めちゃダメだよ)
“ はい“
(貴方は充分過ぎるほど立派にやったんだから、もう自分を許しやらなきゃダメだよ)
“ はい“
(先生に、もう自分を責めない、許してやることを約束してくれるね!!)
“ はい“
この間、激しく泣きながら、何度も強く“はい”と答えていた。
”先生・・・私 治りましたね ”
(そうだね)
”心の病気って、本当に苦しい・・・・・・苦しいもんなんですね”・・・・・こんな私のような病気ってよくあるんですか?”
(いや、めずらしいほうでしょう!だから、これまで多くの先生が診ても判らなかったんだろう)
”先生を、本当に手こずらせてしまいましたね。・・・・・・・・・・・心の病気って本当に苦しい…苦しかった・・・・でも今度の入院中は、いちども吐き気が出て来なかった”
(これからは、もう頑張らなくていいから、自由に好き勝手に暮らすんだよ)
”アリガトウゴザイマス”治療者がビックリするくらいの大声であった。

夫を交えた3者面談
(実は、奥さんは、貴方と結婚したいために、父を裏切りたくないために、当時商売人になり切ろうと決心した。そして一生懸命やり、商売を大きくし、子供も立派に育った。皆もそれを認めているんだけど、彼女にとっては病気に負けてしまったため、自分が これまで本当には許せないで苦しんでいた。ようやく昨日、それがわかって自分を許そうという気になった。そうですね(うなずく患者さん)だから、これからは、自由なことをしてよい。そして、自分を許さないなんてことを止めれば、病気は二度と起こらないと思う。)
(ご主人)そうですか。 先生の言われるように、あの当時は社会情勢が特殊だったので、恋愛結婚は町の大きな出来事になってしまっていたので、そうなってしまったのでしょう
(治療者)そういう社会情勢も関係しているが、もっと重要なのは、彼女が貴方や父親のために、本当は商売が嫌いで弱い人間なのに、それを押し殺してしまって商売人になり切らねば、好きな貴方と結婚できないと考えたんだと思う。
(ご主人)そうか、先生、そう言われると面目ない! 最近、当時の日記を読んでいて、母さんは、本当によくやったと思っていた。あの頃母さんが良くやってなかったら、私はこんな風にはなれていなかっただろう。母さん良かったな。本当に良かった。今度はいいぞ  大丈夫だ  昨日電話をかけてきたとき、なにか1か月も来ないでという感じだったのでビックリした。
夫婦なんで、直接何も言わなくても、すぐにわかった。へー母さん。ちょっと変ったなと思った。母さん よかったな!まだ人生が長いんだし・・・そうか、先生、よくわかりました。そういえば、よく母さんのことをわかってやっていなかったと思います。よかった。
(平均寿命からすると、まだ25年もあるんだから、せいぜい仲良くやって下さい)
患者は恥ずかしそうに微笑みをうかべていたが、やがて笑い声に変わっていった。   

翌日の面接
(どうですか?)
”頭が軽くなった感じがします。”長い沈黙が続く。抑うつ的な様子。
(まだ気持ちが充分にすっきりしていないのかな?)
”いいえ、 これまであった胸のカタマリが粉々になって飛んで行ってしまいそうなんです。”
(胸の中のカタマリとは、何だったんだろう)
”先生が、これまであった心の中の大きなカタマリの糸をほぐしてくれ、楽になり、商売が嫌いだということに気づいたんです。”
(そうすると、大きなカタマリとは、商売が嫌いだということ?)
”ええ、それに気づかなかった。それをいま、気が付いている”
(本当は商売が嫌いで弱い自分だということがわかって、それが全面に出るのが怖いですか?)
”いいえ。なんというか、カタマリに気が付いて楽になったが、ただ新しく生まれ変わるには、不安で足踏みしている状態です。”

3回目のスーパービジョンの要約
「良かった。良かった。君の解釈は非常に良かった 」
3者面談で、夫に病気の成り立ちについて話したことについて
「夫に話しても無駄だろう。家族(子供達)に話してもそうだと思う。ただ、これまで心の悩みがあったようだ。しかし、それは解決した。とだけ言っておけばいいだろう。」
(抗うつ剤のトリプタノールは、どうしたらいいですか?このままでいいですか?)
「君は薬の使い方も知らないらしいね。必要ない。」
(自然の回復をまって、自信をつけさせた方がいいですか?)
「そうだ」

編集後記
47年前の記録なのであるが、ス-パ-ビジョンの進め方が自信に満ち溢れている。
当時は土居先生も56歳で、精神分析家としての絶頂期であったと思われる。
随所に土居先生でなければ不可能と思われ独特の解釈が、切れ味よく連発されている。
未熟な小生のプライドを傷つけずに、患者を超自我から解放させて救う解釈ができるまでに、短期間に治療者を成長させている。見事である。
精神療法に50年近く携わってきたが、いまだに土居先生のレベルには程遠いことを、このカルテを読むたびに実感させられる。
最後に、このス-パ-ビジョンの記録が、患者さんの自己分析や治療に役立つように今後も努力して行きたい。