院長のひとり言

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ナイスアシスト エベレスト登頂 と 見事な転移解釈

 今日紹介する症例は、内科医としても、精神療法家としても、一番充実してきた頃の報告である。
患者さんは63歳(入院中) 小生は32歳 であった。

 患者さんの秘密を守るために、患者さんの特定に繋がらないように日時や場所は殆んど割愛させて頂いた。
 患者さんは、難治性の気管支喘息 と 老人性の反復性のうつ病の合併症例で、治療は難渋を極めた。
 病気のあらすじは、生前末期がんで病床にいる夫に表面的には尽くしたが、内的には死相を漂わせる夫を避け、手を触れることを恐れ、早く死んでくれることを願っていた。
 形式的には葬式は済ませたが、真の意味での悲哀の仕事をやり遂げてないので、息子や親戚から責めるられるのではと恐れ始めた。
 さらに夫を粗末にした自分が許せないという罪悪感に苦しめられ続けた。”自分が惨めで・・可哀想・・・主人は絶対許せない・・・居場所がない・・・死んだ方が楽だ・・・死にたい・・・“と、治療場面では、咳込みながら、嘆き続けた。
 夫の死後息子の結婚後から気管支喘息が徐々に悪化し始め、さらに血痰を伴った肺結核の再燃から急激にうつ病も悪化していった。

 一番手こずらされたのは、身体面では、高齢による免疫力の低下により、気管支炎と細菌性の肺炎が繰り返され、ステロイドと抗生物質に頼らざる得なかった。そのため肺炎と喘息の合併で何度も内科病棟への入院を余儀なくされた。
 東大第4内科の症例検討会にも提出させて頂いた。本物の気管支喘息ではないのでないか? 単なる気管支炎とうつ病の合併例に過ぎないのでないか? 医局の大方の先生方の意向が、その見解に傾きかけた時、東大物療内科で長年気管支喘息の臨床研究に携われ、ミスタ-喘息の異名を取る可部順三郎先生に判断を求めることになった。可部先生は、”一秒率が下がっており、喘鳴も聴こえるので、正真正銘の気管支喘息でいいと思います。”と明確に回答され、東大第4内科の症例検討会は終了した。

 精神面では、重症のうつ病に特異的な ”病的罪悪感” と ”病的依存性” への対策が大変であった。具体的には、夫への激しい恨みの反面、泣き入りたいような嘆きの感情、繰り返される死への願望が顕著であった。 
 病的な世界に共感しながらも、希死念慮の陰性感情を、特に内科医の立場で受け止めるのは至難の業であった。
 母親や夫への激しい恨み、異様な他者への優越感、治療者や治療に対する陰性感情、死にたい感情の繰り返しに、治療者は心身ともに疲労困憊の状況にあった。
 初めて開かれた小此木先生と東大心療内科の合同の症例検討会では、筆者が本ケースを発表させて頂いた。発表の途中で、彼女の”死にたい気持ち”に共感するあまり、涙が止まらなくなってしまった。
 小此木先生からは、検討会の最後に“うつ病の治療では安心して静養できる環境の提供が大切だ。患者だけでなく治療者も安心して治療に専念できる心療内科専用の病棟の実現が待たれますね”とコメントがあった。
 これに対して、石川先生は何も語らなかった。当時は医局として専用の病棟が急務であり、医局員全員の願望でもあったので、他大学の精神科医から当たり前のことを指摘され複雑な心境であったと推察される。

 その後小此木先生から、英国で長年クライン派の精神分析で長年研鑽に励んで来られた山上千鶴子先生を紹介された。早速山上先生の症例検討会に、本症例を提出することにした。
 検討会では、小生の発表に耳を傾けながら、クライン流の無意識の解釈を、ろうろうと、まるでお経のように、山上先生の口から語られ続けた。
 しかし検討会の最後の頃に、彼女は意外な発言をされた。”この患者さんは“死にたい、死にたい”と嘆き悲しんでいられるが、もうこのおばあちゃんは毛塚先生のことが好きになりつつあるわよ”と指摘してくれた。

 これまでずーと陰性転移で、患者に死なれることばかり怖れていた!!内科医や精神科医からの嘲笑を極端に恐れていた。患者に死なれたら、心療内科の存在も危うくなる。 心療内科の医局長として立場も丸つぶれになってしまう。
陽性転移??本当にそうだろうか? 
 そんな風に考えた事なかったが、そうかもしれない。
 そうであれば、陽性転移が僅かでもあるなら、これを頼りにして、病的罪悪感を徹底解釈することができる!!
 大きな”山”を超えられるかも知れない。病的罪悪感を徹底操作することは、自分の”得意中の得意技(おはこ)“でないか!! 


 やったぞ!! 彼女の研究室のあった原宿から自宅への帰り道、一人で興奮していた。

 長年、目標にしてきた、狭義の心身症(僕にとってのエベレスト)への治療方法を達成した瞬間である。二刀流の完成への大きな一歩でもある。
 それにしても山上千鶴子先生は見事である。1回のス-パ-ビジョンで、僅かに芽生え始めた老婆の陽性転移を見逃さなかった。
 石川先生(東大心療内科教授)も小此木先生(慶大精神科助教授)も全く気づかなかったのに、“すばらしい“ の一言に尽きる。
 おそらく若い時からロンドンでクライン派の精神分析の研修で培った感性があればこそ可能であった解釈だろう!!  お見事である。

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